地元の人たちにとってそんな自然との共存が生活そのものであり、「生きる」そのものであるのだけども、残念ながらそんな自然の恵みに対して感謝している人はそうはいないだろう。
 
 自分がそうであったようにあまりに身近過ぎるモノは目に見えない。その場所から離れて初めてわかることがたくさんあるんだなとつくづく思った。

 
 しかしケニアの切実な問題として仕事がない事であって、多くの若者が悩んでいる、特にマアイのような地方は顕著で、日中にもかかわらず
20才前後の若者が食堂でたむろしていたりするのは日常だし、中には仕事をするのに必要なIDカードを取得する金が無いからくれという、ど真ん中ストレートなお願いをする若者もいた。あまりにもど真ん中過ぎたのでうっかりあげてしまったが。


 そんな状況でも大らかに笑って歌ってその日その日を力強く生きているケニアの人々を見ていると結局のところ「生きる」ってそういう事で難しく考える必要なんてないんだなあと思うのである。


 学校や職場でいじめや悩みを抱えて死のうなんておバカな考えを持っている日本の方はとりあえず一度こっちに来てみて下さい。自分がどんだけちっちゃい事で悩んでいるかが身に染みてわかるハズだから。


 日本という国は情報や物があり過ぎて生活していく上でそれらを自分の判断で取捨選択していかなければならず、とても面倒で大変なことだ。
 

 そして心にまったく余裕が持てなくなって親や兄弟を殺してしまうなどの犯罪が起きるのはあまりに悲しいことだ。


 でも太陽が熱くて、風が涼しくて、森は緑々としていて月が明るく、星はランランと輝いてる。

 
 そんな地球上に住む上であたり前なことに気づき、感謝できる心がもてればどんな忙しくて厳しい環境に置いても平穏に淡々とやっていけるのだと思う。


 ケニアには
3週間という短い期間であったがかつてないほどのとっても濃い内容でたくさんのことを教えてもらった。
 

 この経験は必ずや今後の人生に大きく影響するし、まず身近な人から伝えていきたいと思っている。 ありがとう。

 今回マアイでの生活を通して、日常当たり前であるが故に忘れ去られてしまったり、ないがしろにされていることが多々あることを思い知った。


 マアイには電気が通っていない。夜になるとランプが点々とついているだけで辺りは暗闇になる。

  ふと不思議な感じがした。妙に明るい。ちょっとパワーのない外灯がついたような、雲の切れ間からパッ射したから最初は「あー、夜になったから外灯が付いたんだな。」と自然に思ってしまったぐらい。


 27年間で初めて月が明るいことを真のあたりにして凄くワクワクした。その見上げた月を忘れることはないだろう。

 朝は日の出とともに始まる。陽の光がドアのすきまから入ってきて部屋の中はとても華やかな雰囲気になった。


 8時くらいから仕事を始めるが現場仕事の経験はなく土砂を掘ったり運んだりするのはかなりの重労働であった。しかも陽射しが厳しい。

汗はダラダラだし手にマメは出来る。でも何とか少しでも役に立ちたいとがんばっていたが、ワーカー達はリラックスしろよ、ゆっくりやろうぜ、と一服したり談笑しながら歌ったりしている。



 作業しているワーカーに近づいても笑顔で話しかけてくれて、拙い言葉にも熱心に耳を傾けてくれる。とても大らかで自由な雰囲気がそこには満ち溢れていた。


 マアイは標高が高いので陽射しは強いが、日陰に入るとびっくりするぐらい涼しくて快適。

 昼食後は木陰で横になっていると、日本のうぐいすのようなキレイに鳴く鳥や虫なんかがいてそんな中でボーっと空を眺めていると、とてもゆっくり時間が流れている。



 見ている景色にいつものビルや車や映像なんか無く、自然そのもので心が洗われるようだった。近くの山頂から見た絶景はもはや日本の事など思い出す余地が無く
180°地平線のかなたに夕日が沈んでいった。


 雨は生活水になり、月の光の下で調理や作業をし、日が昇れば起きて沈んだら眠る。

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ぶらっくじゃぱにーずとマアイ
                                        





 







                          
渡辺 学

















































































































































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