ガリッサで1年間お世話になりました。私は、ここで奨学金事業のお仕事を任せていただいた。ここで、私の本音をいいましょう。

 こんなことを言うと、非難ゴーゴーかもしれないが、私は、来る前、「奨学金事業がやりたい!!子供のために!」という暑い情熱をぶら下げていたわけではない。奴隷貿易に興味を抱き、スペイン学科でありながら、卒業論文のテーマを奴隷貿易とし、なんとか卒業した。

 このテーマが、私を、「是が非でもアフリカに行きたい!」という強い思いを抱かせた。そして、1年間の両親説得の長い道のりを経て、2002年4月、実現したのである。念願のアフリカ!!ジャンボ・ブワナを口ずさみながら足を踏み入れたケニア、アフリカの大地・・。暑い、そして暑い・・。ガリッサは、暑い!とかく暑い。生まれ育った奈良の蒸し暑さとは比べものにならないくらい暑い。しかし、暑いがゆえに美味しいものがある。

 それは、冷えた水、水、水……。これほどまでに水が美味しく感じた事は無かった。そしてビールもソーダ−も美味い!!すみません。

 また話がそれてしまった。ここでは、奨学金事業の事をお話したいのに・・。さて、題目どうりに話を戻します。私は、英語もスワヒリ語もほとんど話せません。スワヒリ語なんて、アサンテ、ジャンボ!ぐらい。

 今でも、ぜーーんぜん話せませんが、そんな私が1年間、よく奨学金事業をやってこれたと思います。それは、私を支え、アドバイスをしてくれた人たちが大勢いたからこそ、こうして無事(?)に1年間を終える事が出来たのです。

 本当に私にアドバイスをしてくれて、力になってくれた皆様に感謝しています。そして私の心強いアドバイザー兼ガリッサのお父さんのワルサメさんには、特に感謝しています。

 時には、眼鏡の奥に隠されたするどい目で、生徒を注意し、時には、私の目の前でキコイをはだけさせてあぶないシーン一歩手前まで見せるお茶目な一面もあり、本当に愉快で楽しい人です。

 奨学金事業に携わって、教育というものの大切さと重要性、そして選択の道が子供たちに広がっていることを実感しました。私は、平凡に高校を卒業後、大学へ進学した。「あたりまえの進路」「あたりまえの選択」という気持ちを抱いていた。

 さほど、両親に感謝することなく卒業した。今、私は思う…。私にガリッサへ来るという道、これからの道を、自分自身で選択することができるという素晴らしい贈り物をくれた両親に感謝するようになった。

 おそらく、奨学金事業に携わる事がなければ、このような事を実感する事は、無かったかもしれない。いや、なかっただろう…。

 私は、願う。全ての女の子達に進む道を、選択の道を切り開いているミコノ奨学金事業が末永く継続する事を…。私は、日本で、なんらかの形で、ミコノの生徒たちの将来を応援したい、そして、時には、日本で生徒の事を思い出し、なんらかの形で自分自身の励みになれば。と思う。
 
  ミコノの会/MIKONO INTERNATIONAL 本文へジャンプ



奨学金事業にたずさわって

                     
                                         喜多 博子 
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