奨学金事業を担当して、多くのことを学ばせてもらいました。
いちばん初めに感じたこと、それは自分が中学生くらいの頃に、ここガリッサの子ども達のように、自ら進んで自分の人生について考え、またそのために勉強したいという情熱があっただろうか…答えは簡単明瞭、「NO」です。「みんなが行くから私も行く」ただそれだけでした。

 私が関わった子ども達は、全員が全員、必死に勉強したがっている。生きるべく必死に努力をしている。そうした子ども達ばかりで、その熱心さに何度となく心打たれました。

 しかし、事業に携わっていると、自分の無力さに打ちのめされることがとても多く、援助の申し出は後を絶たず、断っても断っても何度となくやってくる生徒。

 ある時には「明日までに学費を払わないと退学になってしまう。」と泣き着かれ、胸がとても痛かったこともあります。また、逆に生徒のいい加減さに腹が立ち、説教したこともありました。「日本は金持ちだから援助してくれて当たり前。」と言われたくなかったし、里親の努力を少しでも理解してもらいたかったのです。

 運良く里親を得ることができた生徒たちと接するときは、私自身も生徒のように嬉しく、また、彼女(彼氏)たちの手紙を訳していて彼女達の気持ちが分ってくると私まで興奮してしまったこともあります。そんな時は、本当に奨学金を担当して良かったなあとしみじみと思いました。

 彼女達が高校へ進学したからといって、決してその子の人生が良くなるとは思わないけれど、こうしたチャンスが彼女達の人生においてどのように影響し、いつ、どこで、どのように役立つかもしれないと思うと、決して無駄ではなく、人と人との関わりを持つことが、彼女達にとっても、里親にとっても、そして担当した私にも意義があるのではないかと思います。

 奨学金の援助で高校卒業し、看護師になったクレッシャーという女の子と一緒に医療巡回に行く機会があったのですが、彼女は本当にたくましく、人が育つということはなんて素晴らしいことなんだろう、と思いました。

 それもこのミコノ奨学金事業が長年にわたって行われているからだとも思いました。

 ケニア1年の生活を振り返って、心豊かに強くたくましく生きている人々にたくさん出会えたように思います。そして私もそんな心豊かな人間になりたいと強く思いました。
ミコノの会/MIKONO INTERNATIONAL 本文へジャンプ


  奨学金を担当して
                               小日向 春乃


               

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