奨学金生事業方針
                                高山厚子
 2007年2月、私は再びガリッサの地を踏みました。
私の接したあの子たちはその後どうなったのか?
それが気がかりで彼らのファイルを開きました。
ファイルを開くと瑞々しく蘇る彼女達との思い出。そこに確かに息づく彼女達の生き生きとした表情。精一杯人生を謳歌する権利を与えられた彼女達の一つ一つが蘇ってきました。どんなに学校生活が楽しいか、どんな夢を持っているのか、家族におこった出来事など。目をキラキラと輝かせて話してくれる一つ一つのストーリー。帰っていく後姿を頼もしく送ったものでした。
 私は、担当者として奨学金に携わったのではなく、奨学金を担当してくれる人をサポートする役割を担っていました。
 担当してくれたボランティアの方々は皆、とても熱心に1人でも多くの子供を学校に行かせたいと情熱を持って取り組んでくれました。たまには、学生を叱り、たまには学生と共に大笑いし、そしてミコノ事務所でお手伝いしてくれた生徒達との思い出は語り尽くせない程です。私の滞在中後半は、言葉も分かるということでもっぱら学生指導係のように学生達を叱咤激励していていましたが、やはりガリッサを離れても彼女達がどのような結果を残し、どのような人生を歩んで行ったのか、とても心配していました。
 私自身、学生時代奨学金をもらって勉強させてもらいました。私の家族は兄弟が多かったし、典型的な九州男児の父は、女子は高校を出れば十分という考えだったので、私の進学したいという気持ちを理解してくれませんでした。長女だからこそ家族のため稼ぎ手として職に就くのが当たり前という考え方でした。
 だからこそ、「勉強したい!」と強く願う彼女達の気持ちが痛いほど分かったし、一人でも多くの子供達の願いを叶えてあげたいと、奨学金を担当してくれた人達と熱い思いを持って、里親探しをし、生徒達との架け橋になってきました。
 里親がいないからと何度追っ払っても戻ってきて、フェンスの外から、私達と話をしようと辛抱強く待ちつづけた子供達の顔が未だに忘れられません。それほどまでに勉強を続けたくても続けられない子供達を追い払うのも、非常に良心が痛むことでした。

 又、ガリガリに痩せた兄が継母から無理やり結婚させられようとしている妹を連れてきたこともあります。成績優秀な彼女は勉強することより、裕福なおじいさんの何番目かの妻として嫁がせることによって、彼らの家庭に入る結婚金を優先させられたのです。その兄の痩せ方からも彼らが苦しい生活を送っていることは一目瞭然でした。それでも、妹の幸せを願う兄の心が痛いほど伝わってきた、そんなこともありました。しかし、ここガリッサではそのような話は少なくはありません。
 ガリッサの少女達と里親達との心の触れ合いについても、感動的な場面が何度もありました。
 ある若い女性の里親さんが闘病生活を送ることになった際、彼女の生徒から励まされたとお手紙をもらったことがありました。里親さんの中には、子供さんを亡くされた方などもおられ、それぞれの里親さんと生徒達の中にはドラマがありました。
 私は、この奨学金プロジェクトはただ単なる貧しいケニア人学生を援助するだけのものではないと実感しています。生徒達と里親さん、そしてその架け橋となる私達、いろんな角度の人達の心と心の繋がりだと思っていますし、その心の繋がりは、いろんな想いは、この乾いた大地に着実に水を落としていっています。
 その証拠に、1人、また1人と有望な人材が育っていっています。
 ある生徒は、教師に。ある生徒は、看護婦さんに。ガリッサでも数少ない婦人警官、医療訓練学校の先生、新聞記者、NGO勤務、薬剤師、司書、カメラマン等々。彼らはもう援助される側ではなく、援助する側になっています。そして職に就けなかった生徒も、よき母として次世代の子供達を教育してくれています。もう、文字が読めない、スワヒリ語が分からないという理由で、騙されたりすることもありません。
 なにより、あのとき成績表とお願い状を持って、おどおどしながらミコノ事務所のゲートの前に立ち尽くしていた少女達は、今、自分達の力で人生を力強く紡ぎ出しています。
 悲しいことに、こういった発展途上国と呼ばれる国では、負の連鎖が続いている現実です。そして、それを自分の力で切り換えていきたくても、その解決策、そして可能性がないまま、その現実に呑み込まれていく人々が山のようにいます。家族と一緒に幸せな日々を送りたいという願いを持って。
 私達日本人の現実も決して幸せとはいえないかもしれないけれど、出会った全ての人の幸せを願い、1人でも多くの人が笑顔でいられる世界へ向けて一滴一滴としずくを落としていきたいと思います。その砂漠がいつかオアシスに変わる日を夢見て。
                                              (注:写真はイメージとして使用しています)