ママハニ孤児院にて

                

 高田 千絵

 ママハニには、いろんな子供がいます。というのは、両親のいる子、片親だけいる子、両親ともいない子、親が誰なのかどこにいるかも分からない子、貧しくて家族と一緒に暮らせない子、家庭に問題があって自ら家を出てきた子、身体的・精神的に障害のある子。

部族も宗教も、生まれた場所も、育った環境も、全く違う生後一ヶ月〜30代の男女が約40名一つ屋根の下で暮らしています。

 日本で生まれ育ち、初めて孤児院という場所を訪れた私には、いろいろと考えさせられることがありました。

子供たちの明るさ、強さ、純粋さ、キラキラした笑顔、元気いっぱいの姿。それと同時にふと見せる寂しそうな表情、つないだ手を頑なに離そうとしないこと、時折砂を食べたりする異常な行動。寂しさや人に関わって欲しいという気持ちから、そのような行動をするように見えました。

ここでは、以前看護師として日本で働いていた私が、看護師の目線からママハニを見て関わったことについて一部紹介します。
                    

 今の私に何かできればと思った子は、目が見えない、口がきけない、首がすわっていない、寝返りがうてない、自分で手足が動かせない、歩けないという、9歳の重症心身障害児です。
食事やトイレ、すべて介助です。食事の時は、ベビーチェアを使っていました。イスにテーブルがくっついていて、本人にはサイズが合わずいつも窮屈に座っていました。

そして姿勢がうまく保持できないために、座っていると徐々に体がずれてきたり、右側に傾いてきたりし、その度に毎回座り直す状態でした。

9歳のわりに体の拘縮・変形の進行が速いようにも感じました。原因は、体をほとんど動かしていないことや無理な体勢で過ごしていることにあると思いました。そして3食のご飯のとき以外は、ほとんど一日をベッドで過ごしていました。

 ここケニア・ガリッサでは、日本と比べ生活水準が全く違い、公衆衛生の概念も非常に低い地域です。そんな地域で私は彼に何ができるだろう、と思っていました。

 まず時間がとれる時には、その子を抱っこしてみんなの集まる場所に行き、みんなとピアニカなどで遊びながらもその子の手足を他者的に動かすようにしました。

少しでも周りのみんなに、体を動かすことの大切さを知ってもらいたかったからです。

その子本人にも、体を動かすことが楽しいこと・気持ちがいいことと感じてくれたら、とも思っていました。

そして何よりも、ママハニという大家族の一員としてみんなの中にいて欲しいと思っていました。
                  

 次に、本人用のイスを作りました。スポンジの塊を切ったり、ジーパンの切れ端を使ったりして。見た目はちょっと笑っちゃうような出来でしたが正直作ってはみたものの、実際にママハニのみんながこれを受け入れてくれて使ってくれるかは分かりませんでした。

 今までの生活のやり方を変えるのは、難しいことです。まして私は日本人で、スワヒリ語も英語もカタコトです。しかし、ママハニを訪れる時に座っているのを見たり、私がいない時でも使っていると聞きました。

 その子がみんなと同じ場所に、同じように過ごし、笑って座っている姿を見て、作ってよかったなぁと思いました。

 充分に物がない、買えないこの場所で、いつまでこうやってイスとして使ってくれるかは分かりません。誰かの枕になるかもしれないし、他の使い方をするかもしれません。だけど、私はそれでいいと思っています。

 ケニア・ガリッサ・ママハニには、それぞれのやり方や考え方があり、私は否定することはできません。

作ったイスを見て、あんな人もいたなぁ、と思い出してくれるだけで充分だと思っています。