リフトバレーフィバーの話

2006年に起こった洪水の後、ここガリッサ・そしてケニア全土でリフトバレー熱と呼ばれる家畜を介した病気が流行し、 家畜の売買が禁止され、もちろん屠殺することも食することも禁止されている。

「今回のリフトバレーフィーバーはアメリカの策略なんだよ!」とワルサメは言った。
「まだ洪水が起こる前、ガリッサにアメリカ人がやってきて、家畜に予防接種をしたんだ。そしたら急に家畜が病気になって。絶対アメリカ人の仕業だ。」と熱く語っていた。

2007/2/20  「捨てられる子、拾われる子」

ママハニチルドレンズホームを訪れた。以前、ミコノでボランティアをしてくれた飯島君が、日本の若者に話をして、募金を集めてくれたので、その贈呈であった。

ママハニでは、現在60人子供を育てていて、そのうち42人が現在学校に通っている。

 今年になって約3人の赤ちゃんが保護された。一人は1/1、1月半ばぐらいに二人。一人はすごく小さくてとてもか細いけど、病院でみてもらってもとりあえず病気はないとのことだった。しかし、すごくやせ細っているので、無事に育つのかどうか今後が心配だ。

うちからは、アブディナーシルという青年がミコノの里親さんから援助を受けていて、現在専門学校に進学している。

 他にもう一人モハメッドという子がアメリカ人から援助を受けていて、今高校2年生だと言った。
 彼はどうして援助を受けることになったかというと、あるとき
CDCという団体ののアメリカ人女性が養子にするべくケニア人の子供を探していて、女の子を養子にすることが決定した。、その手続き後、滞在先のホテルまでアメリカ人女性を送っていったママハニの3人の子供達のうち、彼の人柄に感銘を受けアメリカ人女性より援助を新たに受けることになったそうだ。

彼は、その後ガリッサの学校よりメルの学校に天候することになり、そこで彼はスピーチコンテストでよい成績を取り、ケニア全国大会に行きそこでもよい成績をとったという。

ママハニで拾われた子

その1

浜ちゃんの部屋
高山厚子記